東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1238号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕土地賃貸借における無断増改築禁止特約の有効無効は一義的に決すべきものではなく、当該賃貸借成立の事情に照らし、両当事者の立場や特約がなされるにいたつた理由などを考慮し、具体的な場合ごとに決すべきものである。
〔判決理由〕そこで右無断増改築禁止特約の効力についてみるのに、なるほど借地法第七条の規定の趣旨は土地賃貸人において借地人の建物新増築にたとえ遅滞なく異議を述べたからといつて、借地期間満了の際当然に借地権が消滅するものでもなく、契約更新を賃貸人において拒絶する正当事由が生ずるものでもないことは被告の見解のとおりであり、その解釈との均衡上からも、いわゆる法定更新または建物買取請求権の存在理由からも、右特約が借地法第一一条によつてその有効であるか否かに疑問の余地があるけれども、その効力の如何は必ずしも一義的に有効または無効として決せられるべきものではなく、賃貸借関係成立の事情に照し、両当事者の立場や特約がなされるに至つた理由などを考慮し、具体的な場合毎に決すべきものというべきである。何故ならば、そのような特約がなされることによつて、却つて他に借地人に有利な契約条項が定められることもあり、またそのような特約がなければ賃貸人に著しく不利な状況が招来される場合もないとはいえず、両当事者の利害の調和がその特約によつて保たれることもあり得るからである。これを本件についてみるのに、前記争いのない事実によれば、被告が本件土地上に建物を所有するに至つたのは昭和二六年八月であるが、……によれば原被告間に詳細な条項を定めて賃貸借契約書が取り交されたのはその後約九年余を経た昭和三五年八月二五日であること、被告は訴外三上敏夫から本件土地上の建物を買い受けてその所有者となり、右訴外人が原告に対して有していたその敷地(本件土地)の借地権の譲受けについて原告の承認方を昭和二七年か昭和二八年頃から原告に求めていたが容易にその承諾を得られず、昭和二九年頃所轄警察署の人事相談係のあつせんで原告から好意的に考慮すべき旨の回答を得たままでなおも直接の賃貸借関係をもつに至らず、地代も直接原告に支払うことができずに、前賃借人の前記訴外人に支払い、同訴外人においてこれを原告に支払つて来たところ、昭和三五年八月二五日前記特約を付し、存続期間を前者の期間の存在期間である昭和三九年六月三〇日かぎりとしてようやく正規に賃貸借契約を結ぶに至つたこと、そのように長く契約がまとまらなかつたのは、被告が前記訴外人から買い受けた建物は終戦直後一般建築用材に適しない機材に等しい材料を用い、しろうとが建築した六畳二間位の平家で土壁もない極めて粗末なバラツクであつて、右訴外人のための契約期間である昭和三九年六月まで朽廃しないで存続するか否か疑わしい程のものであつたので、原告としてはその敷地と隣接の自己所有地(当時他に賃貸中)とを合せて利用し、これに高層ビルを建築する計画をもち、そのために被告との間に新に賃貸借関係をもち、被告が前記残存期間を超える建物を新増築し、本件土地について強力な権利を取得し、原告が右ビル建築計画を進める場合に支障を来すことをおそれたからであること、しかし被告からの再三の申入れと、前記のとおり警察署係官からのあつせんもあつたことを考慮して右バラツクに特別の大修繕を加えるようなことをせず、ほぼ従前の借地人と同様の状態で借地利用をし、前記の借地期間を超えるような建物に改築することのないように配慮し、とくに右ビル建築の計画を被告に告げて前記特約を附することとし、被告に十分考慮の余裕を与えて賃貸借契約証書を作成したものであることなどを認めることができ、……以上認定の事情を考慮に入れると、前記特約は、その特約時のバラツク建物の規模および程度が著しく変更され、とくに本件で争いのない別紙中第二物件目的記載の二階家として新築されるような変更工事については有効に適用されるものというべきであり、借地法第一一条を適用してこれを無効とすべきでないものとするのが相当である。すなわち、もし前記特約の励行が期待されなかつたならば、被告は借地権の譲受けについて原告の承諾を得られず、前認定のような極めて粗末なバラツクの買取請求権の行使をもつて満足するより外になかつたが、右特約の励行が期待されたからこそ、前記土地条件のもとで以後数年にわたる土地利用の確保が得られたからである。(畔上英治)